反移民の極右思想を元に作られた『Citizen Vigilante(シチズン・ヴィジランテ)』という新作映画があります。

この映画は今週X上で大きな話題になりました。経緯を説明すると↓です。
- 『Citizen Vigilante』は移民を皆殺しにするというドイツ・クロアチア映画(言語は英語)
- ドイツの映倫がレーティングを与えなかったため、事実上の上映禁止となった
- 極右たちがブチ切れる
- イーロン・マスクが48時間だけX上で全編公開して極右たちが大喜び
そしてこれが凄まじいクソ映画でした。意外にも政治思想は関係なくてそれ以前の問題です。監督が史上最悪の映画監督であるウーヴェ・ボルなのよ(知らない人は自分で調べてみよう!)。製作・脚本もウーヴェ・ボルで、支離滅裂な展開になっている。観客を置いてけぼりにする謎編集も相変わらず。
移民の犯罪者をぶっ殺して右翼がスカッとするような作品にすらなってない。欧米ならともかく日本では、この映画を褒めようと思った右翼も、この映画を批判しよう思った左翼も、両翼とも観たら困ってしまうはずです。
今回は完全ネタバレ解説します。もし日本公開が決まったら、この記事は一時的に公開停止にしますが削除はしないのでご安心を。
前提知識
元になった事件
この映画は2016年のハンブルクでの強姦事件が元になっています。当時のBBCの記事はこちら。事件を要約すると
14歳の少女が21歳の青年を含む4人の少年に強姦される。当時は冬だったけど被害者の少女はその場に放置されて、低体温性で一時は危険な状態に陥った。この事件に対して犯人のうち少年3人には執行猶予が付いた。
というもの。ちなみに劇中では犯人が6人に増えている。劇中では暴行事件が複数起きてややこしいので、この記事では「強姦事件」と表現します。
主演
主人公を演じるのは複数の性的暴行で訴えられて不起訴になったが、その過程で性的加虐嗜好が極端に強いことがバレてハリウッドで仕事ができなくなったアーミー・ハマー。日本で言うならダウンタウン松本や中居正広クン主演で性犯罪者と戦う映画を作るようなものです。
オープニング
映画の舞台はヨーロッパの架空の都市(撮影場所はクロアチア)。何の罪も無い女性が通りすがりの移民にいきなり首を切られて死亡するシーンから始まる。不法移民が増えて、子供たちは外に出せなくなり女性は安全に歩けなくなった。それでも不法移民を守ろうとする政権に人々は憤りを感じ、不法移民を成敗するシチズン・ヴィジランテ(市民自警団)に期待する様子が描かれる。映画として成立しているのはここまでで、後はウーヴェ・ボル節が全開な意味不明の展開になります。

↑お子さん連れの母親がいきなり移民に刺殺される
主人公は殺人者
主人公は元軍人のアメリカ人で、不動産王の父親が亡くなったので不動産業を引き継いだ。その一方で武装して悪人たちを抹殺するという殺人バットマンみたいな男だった。
主人公の家に取り立て屋がやってきて主人公は取り立て屋を射殺する。何で不動産王の家に取り立て屋が来るの?何で殺すの?ここのシーンもいきなり過ぎてよくわからん。

↑何かよくわからないけど主人公に殺される人たち
悪ガキたち
主人公がバスに乗っていると、悪ガキたちがバスに乗って切符を買わない。全員が切符を買わないとバスが出発できないため運転手も乗客も大迷惑。主人公は悪ガキたちの切符代を代わりに支払い、悪ガキに
主人公「万引きやキセルのせいで値上げされるんだ」
と説教するが笑われるだけだった。

↑人種混合の悪ガキたち
主人公の正義の決意
主人公は暴行されて入院中の女性に会いに行く(強姦事件とはまた別の暴行事件の被害者)。なぜ部外者のアメリカ人がいきなり会えるのだろうか?
主人公「裁判は長くかかる。その過程であなたは嘘つき呼ばわりされる。男たちは別の女性を襲う。あなたが正義を望めば私は…」
入院中の女性「はい望みます」
主人公が暴行被害の女性に寄り添う良いシーンに見えるけど、暴行被害の女性たちを嘘つき呼ばわりして不起訴に持って行ったのはオマエだろアーミー・ハマー!
ちなみにこの事件の犯人たちを主人公がぶっ殺スとか、この女性が救われるとか、そういった展開は一切ありません。
娼婦とセックス
劇中屈指の珍シーン。主人公は自分の不動産を娼館として貸し出しているので、主人公はテナントにいる娼婦とセックスする。婦女暴行事件の被害者に会った後という無神経さもさながら、このあとのセックスシーンもやたら長くて、やや暴力的だ。前述のとおりアーミー・ハマーは女性への加虐嗜好でハリウッドを追放された上に、ウーヴェ・ボル監督も娼婦好きで批判されている人なので、知りたくない情報量が多いシーンだ。
で、何で珍シーンなのかというと、主人公はセックスの最中に天井のカビが気になってしょうがないのだ↓

↑天井のシミじゃなくてカビを数えているアーミー・ハマー。

↑カビが気になってセックスに集中できないアーミー・ハマー。

↑カビを触って確認するアーミー・ハマー。
主人公は娼婦に「娼婦部屋でシャワー使ったあとには換気しないと。マネージャーに伝えておいて。じゃあ続きをやろう」と言う。
主人公の自宅が襲撃される
主人公はバーに行く。そこで非白人の男たちが白人女性たちの飲み物にドラッグを入れるのを目撃する。主人公は男たちと女たちの飲み物をコッソリ入れ替えることで女性たちを救う。しかしこの行動によって主人公は指紋を警察に取られてしまい、主人公の自宅に武装警察官たちが殺到する。
ちなみにウーヴェ・ボルの編集は支離滅裂なことで有名で、一連のシーンも武装警察官が出動する→主人公はバーに行って指紋を取られる→武装警察官の出動シーンに戻る、という順番だ。時間軸をあえてバラバラにするのはアメリカ映画がよくやるテクニックだけど、この映画だと単に分かりにくい。
警察官殺し
主人公の自宅は襲撃されるが、それは主人公が仕掛けた罠だった(なぜ警察官を罠にかける?)。主人公は武装警察官たちを皆殺しにするのであった!イヤイヤイヤ!それ婦女暴行とか殺人事件どころじゃない、ヨーロッパ史に残るレベルの大事件でしょ!
ちなみにどうやるのかというと、主人公は鉄の箱の中に入っていて銃を撃つのだ!下記の↓展開が延々と続く。
- 鉄の箱を撃ち続ける武装警官たち
- 鉄の箱の中にいる主人公に撃ち殺される警察官
- 鉄の箱に突撃し続ける武装警官たち
- 鉄の箱の中にいる主人公に撃ち殺される警察官
しかもBGMが場面とまるで合っていない。たぶんジョン・ウーみたいに銃撃戦とオペラを融合させようとして大失敗したんだと思う。



不動産業
武装警官たちの上司は現場に踏み込めないでいる。次のシーンでは主人公がなぜか自分の不動産会社にいる。編集が酷すぎてシーンの繋がりが無い。
主人公は強制立ち退きを指示するが、住宅が政府によって強制的に移民向けに貸し出される。主人公は激怒し、不動産屋会社の老年の社員たちに
主人公「おまえら老人ホーム臭いから社員を入れ替える」
とパワハラかます。主人公は部下と言い合いになるのだが、最終的に
主人公「私はアメリカ人でヨーロッパには休暇で来ている」
と部下を説得する。ってそれだと主人公も違法就労の移民じゃねーか!
どんどん支離滅裂な展開になる
自分の演説を自分で回想
主人公はバーに行ってお酒を飲むのだが、そこで主人公は自分が移民排斥の政治的主張を独白している過去を回想するのだ。自分の演説を自分で回想するって何?

↑お酒を飲みながら

↑自分の政治的演説を回想する
自宅のシーン
次のシーンでは、武装警官の上司や救急隊員たちが死体やケガ人を運び出す。まだ鉄の箱の中には踏み込めていない。その間に主人公は逃げ出して不動産屋で働いて一人でお酒を飲みに行ったわけだ。

被害者に会う
主人公は強姦事件の被害者の家に行く。
被害者の父親「あなたは誰だ?記者か?」
主人公「違う、判決に満足してるのか知りたい」
被害者の少女「満足していない」
いきなりアメリカ人男性がやってきて性犯罪の質問したら変だろ!
また悪ガキ
主人公が公園を歩いていたらバスをタダ乗りしている悪ガキたちが通りすがりの子供をリンチしてスマホを奪っていたので、悪ガキたちをスタンガンで倒した後に、全員の腕をボキッと折る。スタンガンで制圧したあとに腕を折っているので主人公もリンチしている側だよね。

↑悪ガキを成敗して立ち去る主人公。
また自宅のシーン
主人公の自宅では武装警察官たちが主人公が鉄の箱の中からどうやって消えたのかを調べている。さっきから時間の流れ方がおかしい。『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』の前半くらい分かりにくい。
裁判官を拉致する
主人公は裁判所に行き裁判官を拉致する。この裁判官は強姦事件に執行猶予を付けた人で、執行猶予の根拠として
「移民の若者も被害者だ」
と言ったのだ。それが「加害者を擁護するな!」と主人公の逆鱗に触れたのだ。
拉致の手口は裁判官に無理矢理ヘロインを注射して朦朧としたところを車に乗せて誘拐するというもの。

主人公は意識が朦朧としている裁判官に、延々と「減刑するな!」と説教する。
法的な解説
主人公の行動が酷すぎるけどこれはちょっと解説が必要で、以前のドイツでは
「女性が肉体的に激しく抵抗しないと強姦罪は成立しない」
という酷い事情があった。そのせいで例えば恐怖で抵抗できなかったり、ドラッグやお酒で朦朧状態となった女性たちの性被害に強姦事件が成立しないことが多かったのだ。
「ノー」と言えば強姦罪が成立するように現在は法改正されている(No means Noの原則)。
法律を守るな!
ここで劇中最悪の珍シーンがある。
主人公は裁判官に「法律を守るのは羊のような服従だ」と訴える。
それを証明するためになんと主人公は反対車線を逆走し始める。

↑黒い車が主人公の車
ビックリした対向車は道路から落ちて爆発する。



主人公「対向車も逆走したら助かったはずだ。法律を守ったから対向車は死んだ。」
裁判官を殺害
主人公は裁判官にお酒を振りかけて、裁判官の手首の動脈をナイフで縦に切り裂いて殺害する(横に切り裂くと違って縦に血管を切ると本当に死ぬ)。裁判官が判決に悔やんで酒飲んで自殺したように偽装したのだ。

警察官も追加で殺害
主人公の自宅(またかよ…)では武装警察官たちが調査を続けている。主人公は鉄の箱に地下通路を付けてあり、そこから脱出したのだ。
警察官たちが鉄の箱を開けると主人公が仕掛けた爆弾により鉄の箱が爆発。警察官たちが追加で大量に死ぬ。脱出に成功したんだから爆弾仕掛ける必要ないのに!

女性も殺害
主人公は強姦事件の犯人の自宅へ行く。そこには少年の父親・母親・妹がいた。主人公は拳銃で少年の足を撃ち説教を始める。
妹は「被害者の女はミニスカートだから犯された」と反論する。
父親は「私は家族にコーランの価値観を教えています」と丁寧に言う。
主人公は「欧米の女をレイプして良いという価値観を家族に教えたのか?」と無茶苦茶な言いがかり。
父親「私の母国では複数の戦争が起きていて危険な生活を強いられています。」
主人公「母国を出るのはクズだ、お前らは民主主義の国に時代遅れの価値観を持ち込んだ」
主人公は少年に共犯者たち(注:全員判決は下されている)を呼ぶように電話する。少年はもちろん抵抗するが主人公に銃で脅されて仕方なく共犯者たちを呼ぶ。共犯者を家まで迎え入れるのは妹(強姦現場には居たがほぼ無罪の人)だ。妹が共犯者を逃がさないように、主人公は母親(完全に無罪な人)を人質にする。
そして主人公は父親、少年、母親、妹、共犯者たちを皆殺しにする。

↑完全無罪な母親も容赦なく殺す

↑家族全員の死体の前で、死んだ少年のスマホを使って共犯者を呼び出すシーン。
追加で移民を殺害、そして殺害
主人公は殺した少年のスマホを操作して、さらに共犯者たちを呼び寄せる。勇壮なBGMが流れて、主人公は様子を観に来た共犯者の移民の少年たちを射殺する!というシーンが追加で二回ある。
また裁判官を殺害
移民皆殺し事件が報道されると、主人公がさらに3人の裁判官を殺していたことも判明する。被害者の少女は満足そうに微笑む。完。
映画のラストシーン
最後に
「この映画は、欧州の法制度に裏切られた、数千人に及ぶレイプおよび殺人の被害者に捧げられています。」
という字幕が出てくる。
感想と解説
倫理観の無さ
この映画で驚くのは倫理観の無さです。主人公の行動は完全にサイコパスで、不法移民よりも恐怖を感じる。
- 映画の序盤だと大金持ちながら自己鍛錬を積みながら自警団活動している主人公はバットマンを連想させる。しかし法律の逸脱を訴えながら反対車線に飛び出して無関係の人を殺すシーンは完全にジョーカーだろ!
- 主人公が移民を殺す理由が「移民が民主主義を壊した」なのに、主人公が裁判官を何人も殺している矛盾も酷すぎる。
- 主人公が移民の妹や母親を殺害するシーンは、映画の冒頭の移民の殺人犯と何が違うというのか?
- イスラムの思想を批判しているけど、どう考えても主人公のほうが過激思想
私も倫理観の欠けたコンテンツは大好きですが、この映画は倫理観の矛盾が酷すぎて論理感の無さを楽しむことが出来ない。
アーミー・ハマーの演技力
あまりにもバカすぎる脚本なので「この映画を真に受けるヤツはいない」と切り捨てたいところですが、恐ろしいことに上手い部分もある。映画本編の大半を占めているのはモノローグのセリフです。そのモノローグでは移民社会とそれを受け入れるヨーロッパの政治体制への不満が延々と語られます。これをアーミー・ハマーが卓越した演技力で語るのです。語る内容は酷いのですがイケメンが低音ボイスで移民排斥を訴えるのは共感者が多そう。
影響元の映画
自警団が犯人たちをぶっ殺すという設定なのでデス・ウィッシュシリーズみたいな過激な自警団モノを連想しそうですが、酷すぎて比較にならない。不法移民だけじゃなくて警察官も殺しているのは、どうやらジョン・ウィックみたいな多殺アクション映画をやりたかったみたいですが、いかんせん銃を撃つシーンと死体のシーンを交互に映しているだけなので、アクション映画ともいえず。
ちなみに本作の当初のタイトルは『ダークナイト』だったそうですが、ワーナーからの抗議を受けて今のタイトルになりました。
上映禁止騒動について
この映画はドイツで映倫のレーティングが与えられなかったため、上映が事実上出来ない状態です。私自身は表現の自由戦士なので検閲や制限には抵抗する人間です。ただこの作品が制限された理由は移民への暴力を扇動しているでして、完全に検閲側の仰る通りでございます。
ただ性犯罪者や人種差別主義者をぶっ殺してスカッとする娯楽映画はたくさんあるわけだし、本作も最大レーティングにしてさらに注釈付きで何とか公開できなかったのか?とは思います。
この映画に喜んでいる人たちについて
欧米では極右たちがこの映画に大喜びしていますが、日本の右翼たちは安易にこの映画に飛びつかないで欲しいです。社会正義の名の元に、武装して、警官を殺し、一般人も死なせ、それでも正義を訴える。日本でこの映画に一番近いのは昭和の日本赤軍です。日本赤軍をヒーローにした映画があったら右翼も左翼も困るでしょ?
ウーヴェ・ボルの政治思想
極右映画を作ったウーヴェ・ボルですが、本作の半年前には移民たちの渡航を描いた『RUN』という映画を作っています。本人には移民排斥の思想が無い、ただのビジネスの可能性もある。

この映画から学べること
決して学んではいけない『Citizen Vigilante』ですが、この映画から学べることがたった一つだけあります。それはアメコミ映画を始めとするハリウッドが散々やってきた「アメリカ人が外国に行って、その国の被害者を助け、加害者を殺す」というコンテンツって視点を変えると狂っているとしか思えない!という点です。
追記(26/07/09)
『Citizen Vigilante』に新しい展開、主演のアーミー・ハマーが本作を批判しています。撮影時は極右映画だとは思ってなかったらしく完成品を観た後に激怒したとのこと。「ウーヴェ・ボルに騙された」「受け取っていた脚本は短かった」などと発言。まあラスト以外は警官を殺したり悪ガキを説教する映画ですしね。