破壊屋ブログ

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映画『ナポレオン』の批判ポイント

現在公開中の映画『ナポレオン』はフランスで「これは違う!」と大批判を浴びていて、リドリー・スコット監督が辛辣な言葉で反撃しているのが話題になっています。私自身は
「娯楽作品は事実を捏造しても構わない」
という危ない考え方の持ち主ですが、この映画『ナポレオン』に批判が発生する理由もちょっと分かります。というわけで映画『ナポレオン』の批判内容を解説します。


戦争シーン

戦争シーンが第一次世界大戦っぽい

歩兵の動きは第一次世界大戦っぽく、乱戦の描き方は逆に中世っぽく、随分とちぐはぐな戦争シーンらしいです。私はあまり気になりませんでしたが。フランスでは
「1815年と1915年を間違えているのでは?」
という皮肉な批判をされています。映画の作り手たちが戦争シーンにこだわった割には、ナポレオン戦争の再現がおざなりになっているのが批判要素となっています。

機動を描いていない

大陸軍(ナポレオンの軍隊)が常勝無敗の最強の軍隊だった理由は機動です。迅速な機動とそれを可能にした軍団構成こそがナポレオンの強みでした。ところが映画はこの要素を無視して大砲のみを描いています。

湖の罠は無かった

ナポレオンの最も名高い戦争である『アウステルリッツの戦い』です↓。予告編でもハイライトとして使われていましたね。

敵を凍った湖に誘い出して氷を割って溺れさせる!でもこのシーンは予告編の時点から私は「うーん」という感じでした。現代の研究では、フランスの勝利が決まった後に湖の上を逃げる敗残兵を数十人溺れさせた、というのが定説です(当時のナポレオンは戦果を印象付けるために「2万人を湖で溺死させた」と広報した)。
湖を砲撃して溺れさせるというのは画面的に面白いシーンなので、映画で再現したのはすごく良いです。しかし敵軍が凍った湖をわざわざ進撃して溺れる展開はちょっとバカバカしすぎます。またアウステルリッツの戦いは『戦争芸術の粋』とまで呼ばれるほど見事な作戦勝ちでした。フランス軍が不利な状態でもナポレオンが最高の作戦を生み出して勝利したのです。映画がそこをスルーているのはちょっと残念でしたね。例えば外国映画が「関ヶ原の戦いを再現した!」と言いながら落ち武者狩りの場面しか再現していなかったら、そりゃ批判されるでしょう。

どうしてこういう映画になったのか?

これは私の推測ですが、おそらくリドリー・スコットは
「ナポレオンは長年に渡って大砲を使って人を殺しまくったが、最後は失脚して自分の力で突撃した」
という構成にしたんだと思います。というか、そういう構成の映画です。物語的には意味があるような構成ですが、歴史的事実から見れば「?」としか言いようがない。ナポレオンが突撃していたのは若い頃です。逆に年取って総大将になったナポレオンが突撃なんてあり得ない描写です。映画は若い頃の突撃を描かずに、総大将になってから突撃するのでヘンテコな構成になってます。

ジョゼフィーヌの役割がおかしい

ジョゼフィーヌに政治的役割が無い

映画が「ナポレオンの妻であるジョゼフィーヌに焦点を当てた!」と言ってる割にはジョゼフィーヌの役割が恋愛のみになっているのが批判されています。ジョゼフィーヌは当時の社交界の花形であり、人脈の無い田舎者だったナポレオンが成り上がって行くのに重要な役割を果たしました。が、映画ではバッサリと無視されています。ただこれはしょうがないと思います。当時の社交界の人間関係やジョゼフィーヌの愛人関係を映画で描くのは難しいでしょう*1
ちなみにナポレオンとジョゼフィーヌの恋愛を徹底して描いた池田理代子の『エロイカ』は傑作です。ジョゼフィーヌがナポレオンの情熱的な恋を無視して浮気三昧する話です。それがナポレオンの激動の人生と共に力関係が逆転していく。

エジプトからの帰還の理由

エジプトから帰還した理由が「ジョゼフィーヌに会うため」って、これはかなり批判されてます。実際はフランスが外国から攻め込まれている状態を解決するための帰国でした。

エルバ島からの脱出の理由

エルバ島から脱出した理由が「ジョゼフィーヌに会うため」って超批判されてます。私も映画館で笑っちゃいました。実際はナポレオンがエルバ島にいる時にジョゼフィーヌは死んでしまい、ナポレオンはそれを新聞で知ります。映画では辻褄合わせのためにジョゼフィーヌが死んだ年まで変更します。そりゃ皇后が亡くなった日を変更したら怒られるよ。
いや変更はやっても良いんですよ。例えばナポレオン漫画の最高峰である『ナポレオン -覇道進撃-』では、エルバ島を脱出する理由が
「息子に会うため」
になっています。ただその一方で、『ナポレオン -覇道進撃-』ではブルボンの復活(パリ市民がブルボンの復活を嫌がったためナポレオンのエルバ島脱出の動機となった)や、ナポレオンがエルバ島での拉致・暗殺を恐れたこと、エルバ島で資金難に陥っていたこともきちんと描いています。嘘を描くためにはテクニックが必要なのです。

ナポレオンの功罪を描いていない

奴隷制の復活を描いていない

ナポレオン最大の愚行であるハイチの奴隷制の復活が描かれていません。これは現代でナポレオンを取り上げる時に必ず議論になる問題です。
現時点で映画がこれをスルーしたのは、私はしょうがないと思います。ただこれが批判ポイントになるのは我々日本人が
「オッペンハイマーを映画化するのに日本への原爆投下を描かないのはおかしい!」
と憤るのと同じ類のものです。

功績を描いていない

映画は戦争でしかナポレオンを描いていませんが、実際のナポレオンは近代国家の形成に貢献しました。フランス民法法典を始め、銀行や学校も整備しました。ここらへんの功績が一切描かれていません。

歴史的事実に反する

ナポレオンがマリー・アントワネットの処刑を見ている

いやぁ、これはやっちゃうよねー。フランス革命モノを作るときは「登場人物がマリー・アントワネットの処刑を目撃する」は絶対にやりたいシーンだよねぇ。とはいえ、実際のナポレオンはこの時「トゥーロン攻囲戦」に参加していました。トゥーロン攻囲戦はナポレオンの人生の中でも極めて重要な戦いなので、マリー・アントワネット処刑を観ていると大きな矛盾が発生してしまう。

ピラミッドに大砲をぶち込む

ナポレオンがピラミッドに大砲をぶち込むシーンも
「そんな事してねーよ!」
と批判されています。ナポレオンのエジプト遠征は学術調査の意味合いもあるので、ピラミッドに大砲をぶち込むのはありえません。ただナポレオンはヤッファ攻囲戦のように略奪と強姦でエジプトを蹂躙した側面もあるので、その凶暴性を表現する代替手段としては有りかも。

ナポレオンがジョゼフィーヌをぶつ

これは私も「?」となりました。ナポレオンとジョゼフィーヌの離婚の際にナポレオンがジョゼフィーヌを平手打ちするんですよね。実際の離婚式ではジョゼフィーヌがショックで立ち続けることが難しくオルタンス(ジョゼフィーヌの娘)に支えながら離婚式を続行しました。映画だとこれがナポレオンがジョゼフィーヌをぶつ演出になっています。

ホアキン・フェニックス

これはキャスティングの発表の時点で批判されましたね。ジョゼフィーヌはナポレオンよりも6歳年上だったのですが、ヴァネッサ・カービー(ジョゼフィーヌ)はホアキン・フェニックス(ナポレオン)よりも14歳年下です。ハリウッドが年配の男性俳優を優遇する一方で年配の女性俳優は軽んじている悪習は長年に渡って批判されています。本作はその悪習をやってしまった。

逆に褒められているシーン

「ヴァンデミエールの反乱」「皇帝を撃て!」のシーンはフランスでも高く評価されています。実際に素晴らしいシーンでした。

ヴァンデミエールの反乱

「ヴァンデミエールの反乱」は映画の序盤で、ナポレオンが大砲をぶっ放してパリ市民を殺すシーンです。当時としてはあり得ない行動で、この反乱の鎮圧でナポレオン人気は高まります(ナポレオンがフランス人ではなくてコルシカ人だからこそ出来たという説もある)。ナポレオンの残虐さと、その残虐さがナポレオンを英雄へと導くエピソードで、映画ではごまかさずにキッチリと表現しています。

皇帝を撃て!

「皇帝を撃て!」はナポレオンが敵の目の前に出て自分を撃つように促すことで、逆に敵を寝返らせ自軍に取り込むシーンです。ナポレオンが異常なほど高いカリスマ性を持っていたことを表現するエピソードであり、数多のナポレオンモノでも重要視されているシーンです。本作はその中でも屈指の名シーンです。

ナポレオンはとにかく壮大な人生を送ってきたので、何を描いても批判が来ます。本作は158分の映画にまとめるために取捨選択をした作品です。
ちなみに漫画『ナポレオン -覇道進撃-』は娯楽的表現が多いのですが、解説ページを設けることで「本当のナポレオンはこうでした」ということを説明しています。でもその解説ページの文章が10ページにもなっていたりします。ナポレオンはそれほど難しいのです。映画ではある程度ヘンテコな描写があるのは許容すべきです。ただナポレオンの人生をダイジェスト的に表現した本作で、事実と食い違う描写が多いのは批判の的になるかな、と思います。あと、正直つまらなかった…。

まあ誰もが納得する映画なんてありませんが、それが戦争映画となると殊更酷くなります。アメリカの第二次世界大戦映画はソ連を描かない傾向あるし、日本の戦争映画は天皇のことを描かない傾向あるし(なぜか敗戦後に希望を託す作品が多い)、韓国が作る朝鮮戦争映画は韓国軍が米軍に頼りまくっていたことは描かない傾向があります。

*1:本作は未公開の4時間半バージョンもあり、そちらはジョゼフィーヌのシーンが多いらしいですが、ジョゼフィーヌがナポレオンと出会う前がメイン